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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)10635号 判決 1978年1月27日

原告 橋本産業株式会社

右代表者代表取締役 橋本内匠

右訴訟代理人弁護士 松井正治

被告 村上盛隆

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1.被告は原告に対し一五三万二八四〇円及びこれに対する昭和五一年一二月二六日より支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2.訴訟費用は被告の負担とする。

3.仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決

第二、当事者の主張

一、請求原因

1.原告は昭和五〇年九月五日、訴外有限会社サンワ(以下「サンワ」という。)との間に継続的商品売買契約を締結し、同契約に基づいて同月一一日から同月三〇日までの間にアンカ、マメタンコタツ、ストーブ、トヨホームクツカー等合計一五三万二八四〇円の商品をサンワに売渡した。代金の支払は毎月二〇日締め翌月二〇日現金払の約束であった。

2.被告は同月五日原告に対し、右売買契約より生ずるサンワの債務につき四〇〇万円を限度として連帯保証する旨約した。

3.仮に右2の事実が認められないとしても、

(一)被告はサンワの代表取締役であり、業務遂行に必要な代理権を訴外河西教平(以下「河西」という。)に授与していたものであるところ、原告は河西を被告の代理人として右連帯保証契約を締結した。

(二)イ、被告はサンワの代表取締役就任に際し、就任登記手続一切を河西に委任し、実印、印鑑証明書を交付した。

ロ、河西は右委任を超えて、被告の代理人として原告との間に右連帯保証契約を締結し、その際原告の求めに応じ被告の署名押印のある契約書、被告の印鑑証明書を提出した。

ハ、当時被告はサンワの代表取締役であり、右契約書及び印鑑証明書の提出のある状況下では右契約締結の権限ありと信ずべき正当の理由がある。

4.よって、原告は被告に対し保証債務の履行として前記売掛金の請求及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五一年一二月二六日より支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1.請求原因1の事実は不知

2.同2の事実は否認する。

3.(一) 同3(一)の事実は否認する。

(二) 同3(二)の事実中、被告が河西に対しサンワの代表取締役就任の登記手続を委任し、その際、実印と印鑑証明書を交付したことは認めるが、その余は否認する。

第三、証拠<省略>

理由

一、<証拠>を総合すれば次の事実が認められる。

1.原告は原告が東京都内の販売代理店をしている石油ストーブのメーカーよりサンワが同メーカーの製品について取引の意向のある旨連絡を受け、昭和五〇年八月二五日ごろ、社員をサンワの事務所に赴かせ、製品の説明等しながらその意向を確認した。サンワでは代表取締役は出張中不在との理由で、営業部長と称する田中某が応待し、話合いの結果、サンワにおいて右メーカーの製品を継続的に購入することとなり、更に代金支払等について打合せ、契約書を取り交すこととなった。右原告の社員は当日持参した既に売主欄に原告代表者の記名押印のある原告専用の売買契約書に右打合せの結果きまった代金支払等について記入したうえ田中に交付し、かつ連帯保証人が必要であり、契約書の買主、連帯保証人各名下の印影は実印を使用し、印鑑証明書の添付を要する旨説明した。しかし、当日は代表取締役不在とのことであったため、契約書の作成はできず、数日中に作成することとなり、右原告の社員は右契約書を田中に預けたままサンワを辞した。同年九月二日ごろ田中より契約書が作成できた旨連絡があり、同月五日原告の社員がサンワへ取りに行き、買主欄に東京都練馬区中村一-五-一八有限会社サンワ代表取締役村上盛隆の記名印が押捺され、連帯保証人欄に同都板橋区清水町三九番二号村上盛隆と記載され、各名下にそれぞれ押捺された契約書及び印鑑証明書二通を受領した。右契約書及び印鑑証明書二通が甲一号証の契約書及び甲二号証の一、二の各印鑑証明書である。そこで、原告はサンワとの間に正式に契約が成立したと考え、その後原告主張通りの商品をサンワに納入し、代金については一部小切手で支払を受け、残りについては約束手形の交付を受けたが、約束手形について支払期日間近になって延期の要請があり、また新戸龍雄なる者より原告とサンワの取引について保証人となる旨の申入れがあったのでこれを承諾して、右延期を認めることとし、先の手形にかえて右新戸の裏書のあるサンワ振出の約束手形一通(甲三号証)の交付を受け、また右保証の結果として甲一号証の契約書の連帯保証人欄に右新戸の住所、氏名が新たに追加記載された。しかし、右約束手形は不渡りとなり、契約締結来前記田中某だけを相手に取引、交渉していた原告が、初めて社員を被告の自宅へ訪問させ、代金の支払について交渉したが、被告は専ら責任なしとして支払に応じなかったため本訴に至ったものである。

2.被告は雑貨商を営んでいる者であるが、昭和五〇年ごろ河西を取引先の知人に紹介されて知った。しかし、格別の交際もなくいたところ、同年八月ごろ都内練馬の同人の事務所に呼ばれ、同人より同人は二つの会社を経営しているが、その一つであるサンワの経営を引受けて欲しい旨言葉たくみに誘われた。被告はサンワの営業がギフト関係の商品を扱うということであって被告の営業と似ており、また、河西の示したサンワの帳簿類や同人の言葉を信用してサンワの経営を引受けることを承諾した。すると、河西は右引受の前提として被告の代表取締役就任の登記手続を便宜同人において行うから、それに必要な印鑑証明書、実印を交付するよう被告に求めた。そこで被告は別段の疑義を持たずに河西に右手続を委任することとし、右求めに応じて印鑑証明書一通と実印を河西に交付した。右交付した印鑑証明書が前記甲二号証の一の印鑑証明書である。右交付後四、五日して実印はいったん返還され、また二週間程して更に印鑑証明書が必要と言われてこれを交付し、その後再度実印を要求されるまま交付したりしたが、登記手続は未了との河西の言葉であったので、被告はこれを信用していた。ところが、その後前記のとおり原告の社員が被告宅を訪れサンワに対する売掛代金の支払を請求したことから調査した結果、昭和五〇年八月末ごろには被告をサンワの代表取締役とする登記がなされており、同年九月初めごろから同年一一月二〇日ごろまでの間に被告を代表取締役とするサンワ名義の約束手形、小切手が多数振出され、本件契約が締結されていることが判明した。そこで、被告は河西を有価証券偽造等の罪名で練馬警察に告訴した。被告は右告訴に至る間、サンワの業務には全く関与せず、原告から売掛代金の請求があって初めて原告とサンワ間の前記契約書(甲一号証)の存在を知ったものであり、同号証の作成にも何ら関与しておらず、同号証は何人かが前記報告より交付された実印・印鑑証明書を利用し、同号証買主欄に押捺されている有限会社サンワ代表取締役村上盛隆なる記名印及びその名下の印影を作出し、かつ連帯保証人欄の被告の住所氏名を記載し、その名下に被告の実印を押捺して作成したものである。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人田中啓喜の被告が甲一号証を作成した旨の供述は被告本人尋問の結果、乙一号証の記載に照らし容易に信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二、ところで、原告はサンワとの継続的売買契約について、被告あるいは被告の代理人河西との間に連帯保証契約が成立したこと、そうでないとしても河西について表見代理が成立する旨主張する。

しかし、右一の認定事実によれば、被告は本件売買契約したがって甲一号証の作成に全く関与しておらず、原告の事実上の交渉相手であった田中某とサンワの関係も不明確で、果たして被告を代表取締役とするサンワと原告との間の売買契約そのものが有効といえるかどうか疑問のみならず、仮に右契約が有効に成立したと仮定しても、被告が河西あるいは田中某その他の第三者に対し右売買契約の連帯保証について何らかの代理権を授与したことを認めるに足りる証拠はなく、また、被告が河西に対しサンワの代表取締役就任の登記手続を委任したことは当事者間に争いがないが、原則として民法一一〇条の表見代理が成立するための基本代理権は私法上の行為についての代理権であることを要し、ただ、私法上でない行為の代理権であっても当該行為が私法上の契約の義務の履行として行なわれるような場合はなお同条の基本代理権たり得るものと解すべきところ、右代表取締役就任の登記手続は公法上の行為であり、かつ、右登記手続の委任が、被告と河西の間で私法上の契約の義務の履行として行なわれたことを認めるに足りる証拠はなく(被告と河西の間でサンワの経営を被告が引受ける旨の契約が存したことは前認定のとおりであるが、会社の経営を引受ける旨の契約の義務の履行として代表取締役就任の登記手続が委任されたと考えるのは、会社経営の引受が必ずしも代表取締役就任と結びつくものではない以上無理がある。)、結局表見代理の主張も含め、原告の連帯保証に関する主張はすべて理由がない。

三、よって、原告の本訴請求は理由がないので訴訟費用について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

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